色々あった2020年夏日記

Supershipという会社で現在はソリューション事業を立ち上げようといろいろしている岡山です。

現在は広義にエンタメ系の分野でこのwithコロナ・ニューノーマル時代において、しぼんでいっているベスト3くらいの所で新しく出来ないものかと、割といつも頑張ってます。

 

2020年7月~8月夏の期間に、これまた結構人生においてもベスト3くらいに入るんじゃないかと色々あったので、ここにまとめておこうと思います。

 

2020年8月31日 今日ですが、もうずっと(一部期間除いて)手元にあった、nanapiというサービスをクローズしました。

これで2014年KDDIにnanapiが買収されて、Supershipとなって、旧nanapi社が持っていたすべてのサービスを(ほぼ)すべて私の手でクロージングすることができました。

2012年末nanapiに入社しそこから足掛け8年弱。株式会社nanapiお疲れさまでした。

 

カルチャーの劇的な変化、蓋をひらくと想定と現実が乖離しすぎた目標設計に、こんなこと体験できるもんだなぁと、人が笑うほど辞めていった凄い激動を全部見続けてきたわけですが、色んな人になぜ辞めないの?とそれはもう飽きるほど言われ続けました。

当たり前ですが、役員でもなく、ただのnanapiの1社員に過ぎなかった私は買収にあたって1円も貰っておらず、正直責任だけがドバっと降ってきた形です。実に非合理的な選択だなぁと毎年ほぼ思ってます。

 

ただまあいつだったか、3~4年くらい前だと思うのですが、上司も部下も次々と会社を去っていく中、一個決めたことがありまして、あらゆる理不尽に身を晒しながらも、ここまで頭が溶ける思いをしたのだから、これはもうなんとしても他の人に、nanapiのサービスを閉じさせない。必ず自身がクローズのその場をしきる。でした。

しばらくの間、現在ははてなで頑張っておられる、永田ゆにこさんにnanapiのすべてを引き継いだのですが、彼女が広げていくならそれでよし、閉じるのであれば絶対に見届ける。に少し、心に決めた内容が変化し、そんな彼女もnanapi更新停止を経て新しいチャレンジを求めてSSを去っていったため、改めて当初の誓い通りとなって、再びバトンを受け取る形で本日を迎え、無事にnanapiを終了させることが出来ました。

 

色々な苦い思い出や葛藤はありつつも、十分に濃すぎる8年をもらえたこと。これには感謝しつつ、インターネットそのものみたいな、けんすうさんと一緒に働きたいところから始まって、今では最大の恩人である弊社グループCEO稲葉さんや、現在はコネヒト社でトップをはられて頑張っているKDDIの北吉さんに出会いつつ、ようやっと私の中でnanapiが終わりました。けんすうさんはきっとなんか美味いものでも食わせてくれることでしょう。ありがとうございます。ごちそうさまです。

 

あらためてnanapiに関わっていただいた全ての皆様。本当にありがとうございました。

 

 

さて、この夏に起きたビッグイベントはこれだけではなく、誕生日が私7月19日なのですが、その3日前に長年闘病を続けていた実父が、この世を去りました。

まだまだ多感すぎた10代の頃に母親を場所は違えど同じ病気で亡くし、岡山家は家族という構成単位が非常に脆い家となりました。妹もまだまだ高校生という超多感な時期に、一時期はまるで父含め家族との交流はなく、母の命日にしか会わないみたいな時期もありましたが、それをまた少しだけ修復してくれたのが、皮肉にも父の病気でした。すでに本人から話を聞いた時点でその余命は数ヶ月程度で会ったと記憶していますが、いろいろなコネを使いまくり、なんとか4年ほど生きてくれました。

その間いろいろなご迷惑を、上司部下含め社内の人たち、特に稲葉さんにはおかけし、申し訳ないなと思いつつ、その聞いてもらった悩みやトラブルは非常にその時間に助けられました。

全員にはお伝え出来ておりませんが、改めてあの時間、あの日に岡山の迷惑を受け止めていただきありがとうございました。

誕生日に色んな人からおめでとう。を伝えていただきましたが、こんな事情で返事を返せておりません。来年は返しますので、無視された2020年は忘れていただいて。ぜひおめでとう。をください。

 

 

2020年は社会の問題からプライベートまで色々とこの先忘れられない年にはなりそうで、ちょうど本日が区切りの日ということもあり、誰のうまみも無い文章を公開しておりますが、そのへんは一つご勘弁ください。

ようやっと区切れたタイミングで、この先いつまでSupershipにおるかは全く分かりませんが、どこかでお仕事にプライベートに交わる機会がありましたら、どうぞ引き続き宜しくお願いいたします。